宮沢賢治幻燈館
「黄いろのトマト」 6/15

 番人のおぢいさんは私の涙を拭いて呉れてそれから両手を背中で組んでことりことり向ふへ見まはって行きました。
 おぢいさんのあし音がそのうすくらい茶色の室の中から隣りの室へ消えたとき蜂雀はまた私の方を向きました。
 私はどきっとしたのです。

 蜂雀は細い細いハアモニカの様な声でそっと私にはなしかけました。
「さっきはごめんなさい。僕すっかり疲れちまったもんですからね。」
 私もやさしく言ひました。
「蜂雀。僕ちっとも怒っちゃゐないんだよ。さっきの続きを話してお呉れ。」
 蜂雀は語りはじめました。
「ペムペルとネリとはそれはほんたうにかあいゝんだ。二人が青ガラスのうちの中に居て窓をすっかりしめてると二人は海の底に居るやうに見えた。そして二人の声は僕には聞えやしないね。
 それは非常に厚いガラスなんだから。
 けれども二人が一つの大きな帳面をのぞきこんで一所(いっしょ)に同じやうに口をあいたり少し閉ぢたりしてゐるのを見るとあれは一緒に唱歌をうたってゐるのだといふことは誰だってすぐわかるだらう。僕はそのいろいろにうごく二人の小さな口つきをじっと見てゐるのを大へんすきでいつでも庭のさるすべりの木に居たよ。ペムペルはほんたうにいゝ子なんだけどかあいさうなことをした。
 ネリも全くかあいらしい女の子だったのにかあいさうなことをした。」