宮沢賢治幻燈館
「ガドルフの百合」 5/10

 それから少ししづかな心持ちになって、足音をたてないやうに、そっと次の室にはひって見ました。交(かは)る交るさまざまの色の電光が射し込んで、床に置かれた石膏像や、黒い寝台や引っくり返った卓子(テーブル)やらを照らしました。
(こゝは何かの寄宿舎か、さうでなければ避病院か。とにかく二階にどうもまだ誰か残ってゐるやうだ。一ぺん見て来ないと安心ができない。)
 ガドルフはしきゐをまたいで、もとの階段室に帰り、それから一ぺん自分の背嚢につまづいてから、二階に行かうと段に一つ足をかけた時、紫いろの電光が、ぐるぐるする程明るくさし込んで来ましたので、ガドルフはぎくっと立ちどまり、階段に落ちたまっ黒な自分の影とそれから窓の方を一緒に見ました。
 その稲光りの硝子窓から、たしかに何か白いものが五つか六つ、だまってこっちをのぞいてゐました。
(丈がよほど低かったやうだ。どこかの子供が俺のやうに、俄かの雷雨で逃げ込んだのかも知れない。それともやっぱりこの家の人たちが帰って来たのだらうか。どうだかさっぱりわからないのが本当だ。とにかく窓を開いて挨拶しよう。)