宮沢賢治幻燈館
「ガドルフの百合」 8/10

 雨はますます烈しくなり、かみなりはまるで空の爆破を企てだしたやう、空がよくこんな暴れものを、じっと構はないで置くものだと、不思議なやうにさへガドルフは思ひました。

 その次の電光は、実に微(かす)かにあるかないかに閃(ひら)めきました。けれどもガドルフは、その風の微光の中で、一本の百合が、多分たうとう華奢(きゃしゃ)なその幹を折られて、花が鋭く地面に曲ってとゞいてしまったことを察しました。
 そして全くその通り稲光りがまた新らしく落ちて来たときその気の毒ないちばん丈の高い花が、あまりの白い興奮に、たうとう自分を傷つけて、きらきら顫(ふる)ふしのぶぐさの上に、だまって横たはるのを見たのです。
 ガドルフはまなこを庭から室の闇にそむけ、丁寧にがたがたの窓をしめて、背嚢のところに戻って来ました。
 そして背嚢から小さな敷布をとり出してからだにまとひ、寒さにぶるぶるしながら階段にこしかけ、手を膝に組み眼をつむりました。
 それからたまらず又たちあがって、手さぐりで床をさがし、一枚の敷物を見つけて敷布の上にそれを着ました。
(おれはいま何をとりたてて考へる力もない。たゞあの百合は折れたのだ。おれの恋は砕けたのだ。)ガドルフは思ひました。

今度はしたたかに豹の男のあごをけあげました。