宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 11/81


  四、ケンタウル祭の夜

 ジョバンニは、口笛を吹いてゐるやうなさびしい口付きで、檜のまっ黒にならんだ町の坂を下りて来たのでした。
 坂の下に大きな一つの街燈が、青白く立派に光って立ってゐました。ジョバンニが、どんどん電燈の方へ下りて行きますと、いままでばけもののやうに、長くぼんやり、うしろへ引いてゐたジョバンニの影ぼふしは、だんだん濃く黒くはっきりなって、足をあげたり手を振ったり、ジョバンニの横の方へまはって来るのでした。
(ぼくは立派な機関車だ。ここは勾配だから速いぞ。ぼくはいまその電燈を通り越す。そうら、こんどはぼくの影法師はコムパスだ。あんなにくるっとまはって、前の方へ来た。)
とジョバンニは思ひながら、大股にその外燈の下を通り過ぎたとき、いきなりひるまのザネリが、新しいえりの尖ったシャツを着て電燈の向ふ側の暗い小路(こうぢ)から出て来て、ひらっとジョバンニとすれちがひました。