宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 12/81

「ザネリ、烏瓜ながしに行くの。」ジョバンニがまださう云ってしまはないうちに、
「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ。」その子が投げつけるやうにうしろから叫びました。

 ジョバンニは、ばっと胸がつめたくなり、そこら中きぃんと鳴るやうに思ひました。
「何だい。ザネリ。」とジョバンニは高く叫び返しましたがもうザネリは向ふのひばの植った家の中へはひってゐました。
「ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを云ふのだらう。走るときはまるで鼠のやうなくせに。ぼくがなんにもしないのにあんなことを云ふのはザネリがばかなからだ。」
 ジョバンニは、せはしくいろいろのことを考へながら、さまざまの灯や木の枝で、すっかりきれいに飾られた街を通って行きました。時計屋の店には明るくネオン燈がついて、一秒ごとに石でこさへたふくろふの赤い眼が、くるっくるっとうごいたり、いろいろな宝石が海のやうな色をした厚い硝子(ガラス)の盤に載って星のやうにゆっくり循(めぐ)ったり、また向ふ側から、銅の人馬がゆっくりこっちへまはって来たりするのでした。そのまん中に円い黒い星座早見が青いアスパラガスの葉で飾ってありました。
 ジョバンニはわれを忘れて、その星座の図に見入りました。