宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 13/81

 それはひる学校で見たあの図よりはずうっと小さかったのですがその日と時間に合せて盤をまはすと、そのとき出てゐるそらがそのまゝ楕円形のなかにめぐってあらはれるやうになって居りやはりそのまん中には上から下にかけて銀河がぼうとけむったやうな帯になってその下の方では

かすかに爆発して湯気でもあげてゐるやうに見えるのでした。またそのうしろには三本の脚のついた小さな望遠鏡が黄いろに光って立ってゐましたしいちばんうしろの壁には空ぢゅうの星座をふしぎな獣や蛇や魚や瓶の形に書いた大きな図がかかってゐました。ほんたうにこんなやうな蝎(さそり)だの勇士だのそらにぎっしり居るだらうか。あゝぼくはその中をどこまでも歩いて見たいと思ってたりしてしばらくぼんやり立って居ました。
 それから俄(には)かにお母さんの牛乳のことを思ひだしてジョバンニはその店をはなれました。そしてきゅうくつな上着の肩を気にしながらそれでもわざと胸を張って大きく手を振って町を通って行きました。
 空気は澄みきって、まるで水のやうに通りや店の中を流れましたし、街燈はみなまっ青なもみや楢(なら)の枝で包まれ、電気会社の前の六本のプラタヌスの木などは、中に沢山の豆電燈がついて、ほんたうにそこらは人魚の都のやうに見えるのでした。子どもらは、みんな新らしい折のついた着物を着て、星めぐりの口笛を吹いたり、
「ケンタウルス、露をふらせ。」と叫んで走ったり、青いマグネシアの花火を燃したりして、たのしさうに遊んでゐるのでした。