宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 22/81

「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云ひながら、まるではね上りたいくらゐ愉快になって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛を吹きながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きはめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。

けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとほって、ときどき眼の加減か、ちらちら紫いろのこまかな波をたてたり、虹のやうにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光の三角標が、うつくしく立ってゐたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或(ある)いは三角形、或いは四辺形、あるいは電(いなづま)や鎖の形、さまざまにならんで、野原いっぱい光ってゐるのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振りました。するとほんたうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかゞやく三角標も、てんでに息をつくやうに、ちらちらゆれたり顫(ふる)へたりしました。
「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云ひました。
「それにこの汽車石炭をたいてゐないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云ひました。
「アルコールか電気だらう。」カムパネルラが云ひました。