宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 52/81

「いかゞですか。かういう苹果(りんご)はおはじめてでせう。」向ふの席の燈台看守がいつか黄金(きん)と紅でうつくしくいろどられた大きな苹果を落さないやうに両手で膝の上にかゝへてゐました。
「おや、どっから来たのですか。立派ですねえ。こゝらではこんな苹果ができるのですか。」青年はほんたうにびっくりしたらしく燈台看守の両手にかゝへられた一もりの苹果を眼を細くしたり首をまげたりしながらわれを忘れてながめてゐました。
「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」
 青年は一つとってジョバンニたちの方をちょっと見ました。
「さあ、向ふの坊ちゃんがた。いかゞですか。おとり下さい。」
 ジョバンニは坊ちゃんといはれたのですこししゃくにさはってだまってゐましたがカムパネルラは
「ありがたう。」と云ひました。すると青年は自分でとって一つづつ二人に送ってよこしましたのでジョバンニも立ってありがたうと云ひました。
 燈台看守はやっと両腕があいたのでこんどは自分で一つづつ睡(ねむ)ってゐる姉弟の膝にそっと置きました。