|
「どうもありがたう。どこでできるのですか。こんな立派な苹果(りんご)は。」
青年はつくづく見ながら云ひました。
「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいゝものができるやうな約束になって居ります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子(たね)さへ播(ま)けばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のやうに殻もないし十倍も大きくて匂もいゝのです。けれどもあなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません。苹果だってお菓子だってかすが少しもありませんからみんなそのひとそのひとによってちがったわづかのいゝかをりになって毛あなからちらけてしまふのです。」
にはかに男の子がぱっちり眼をあいて云ひました。
「あゝぼくいまお母さんの夢をみてゐたよ。お母さんがね立派な戸棚や本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらったよ。ぼくおっかさん。りんごをひろってきてあげませうか云ったら眼がさめちゃった。あゝこゝさっきの汽車のなかだねえ。」
「その苹果がそこにあります。このをぢさんにいたゞいたのですよ。」青年が云ひました。
|