宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 55/81

「まあ、あの烏(からす)」カムパネルラのとなりのかほると呼ばれた女の子が叫びました。
「からすでない。みんなかささぎだ。」カムパネルラがまた何気なく叱るやうに叫びましたので、ジョバンニは思はず笑ひ、女の子はきまり悪さうにしました。まったく河原の青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光を受けてゐるのでした。
「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすやうに云ひました。
 向ふの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた(原稿空白)番の賛美歌のふしが聞えてきました。よほどの人数で合唱してゐるらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、たって一ぺんそっちへ行きさうにしましたが思ひかへしてまた座りました。かほる子はハンケチを顔にあててしまひました。ジョバンニまで何だか鼻が変になりました。けれどもいつともなく誰ともなくその歌は歌ひ出されだんだんはっきり強くなりました。思はずジョバンニもカムパネルラも一緒にうたひ出したのです。