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「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞えました。それといっしょにまた幾万といふ鳥の群がそらをまっすぐにかけたのです。二人の顔を出してゐるまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい頬をかゞやかせながらそらを仰ぎました。
「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと思ひながらだまって口をむすんでそらを見あげてゐました。女の子は小さくほっと息をしてだまって席へ戻りました。カムパネルラが気の毒さうに窓から顔を引っ込めて地図を見てゐました。
「あの人鳥へ教へてるんでせうか。」女の子がそっとカムパネルラにたづねました。
「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでせう。」カムパネルラが少しおぼつかなさうに答へました。そして車の中はしぃんとなりました。ジョバンニはもう顔を引っ込めたかったのですけれども明るいとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらへてそのまゝ立って口笛を吹いてゐました。
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