宮沢賢治幻燈館
「インドラの網」 2/11

(私は全体何をたづねてこんな気圏の上の方、き
 
んきん痛む空気の中をあるいてゐるのか。)
 
 私はひとりで自分にたづねました。
 
 こけももがいつかなくなって地面は乾いた灰い
    こけ
ろの苔で覆はれところどころには赤い苔の花もさ
 
いてゐました。けれどもそれはいよいよつめたい
 
高原の悲痛を増すばかりでした。
                    たそがれ
 そしていつか薄明は黄昏に入りかはられ、苔の
 
花も赤ぐろく見え西の山稜の上のそらばかりかす
 
かに黄いろに濁りました。
 
 そのとき私ははるかの向ふにまっ白な湖を見た
 
のです。
                  ソ ー ダ
(水ではないぞ、又曹達や何かの結晶だぞ。いま
            よろこ   だま
のうちひどく悦んで欺されたとき力を落しちゃい
 
かないぞ。)私は自分で自分に言ひました。
 
 それでもやっぱり私は急ぎました。
 
 湖はだんだん近く光って来ました。間もなく私
                                    たた
はまっ白な石英の砂とその向ふに音なく湛へるほ
 
んたうの水とを見ました。