宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 10/54

「よし、なかなか上手になつた。さあまりは沢山あるぞ。なまけるな。樹も栗の木ならどれでもいゝんだ。」
 男はポケツトから、まりを十ばかり出してブドリに渡すと、すたすた向ふへ行つてしまひました。ブドリはまた三つばかりそれを投げましたが、どうしても息がはあはあしてからだがだるくてたまらなくなりました。もう家へ帰らうと思つて、そつちへ行つて見ますと愕(おどろ)いたことには、家にはいつか赤い土管の煙突がついて、戸口には「イーハトーブてぐす工場」といふ看板がかかつてゐるのでした。そして中からたばこをふかしながら、さつきの男が出て来ました。
「さあこども、たべものをもつてきてやつたぞ。これを食べて暗くならないうちにもう少し稼(かせ)ぐんだ。」
「ぼくはもういやだよ。うちへ帰るよ。」
「うちつていふのはあすこか。あすこはおまへのうちぢやない。おれのてぐす工場だよ。あの家もこの辺の森もみんなおれが買つてあるんだからな。」
 ブドリはもうやけになつて、だまつてその男のよこした蒸しパンをむしやむしやたべて、またまりを十ばかり投げました。