宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 11/54

 その晩ブドリは、昔のじぶんのうち、いまはてぐす工場になつてゐる建物の隅に、小さくなつてねむりました。さつきの男は、三四人の知らない人たちと遅くまで炉ばたで火をたいて、何か呑んだりしやべつたりして居りました。次の朝早くから、ブドリは森に出て、昨日のやうにはたらきました。
 それから一月ばかりたつて、森ぢゆうの栗の木に網がかかつてしまひますと、てぐす飼ひの男は、こんどは粟(あわ)のやうなものがいつぱいついた板きれを、どの木にも五六枚づつ吊(つる)させました。そのうちに木は芽を出して森はまつ青になりました。すると、樹につるした板きれから、たくさんの小さな青じろい虫が、糸をつたはつて列になつて枝へ這(は)ひあがつて行きました。ブドリたちはこんどは毎日薪(たきぎ)とりをさせられました。その薪が、家のまはりに小山のやうに積み重なり、栗の木が青じろい紐(ひも)のかたちの花を枝いちめんにつけるころになりますと、あの板から這ひあがつて行つた虫も、ちやうど栗の花のやうな色とかたちになりました。そして森ぢゆうの栗の葉は、まるで形もなくその虫に食ひ荒らされてしまひました。それから間もなく虫は、大きな黄いろな繭を、網の目ごとにかけはじめました。