宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 12/54

 すると てぐす飼ひ の男は、狂気のやうになつて、ブドリたちを叱(しか)りとばして、その繭を籠に集めさせました。それをこんどは片つぱしから鍋(なべ)に入れてぐらぐら煮て、手で車をまはしながら糸をとりました。夜も昼もがらがらがらがら三つの糸車をまはして糸をとりました。かうしてこしらへた黄いろな糸が小屋に半分ばかりたまつたころ、外に置いた繭からは、大きな白い蛾(が)がぽろぽろぽろぽろ飛びだしはじめました。てぐす飼ひの男は、まるで鬼みたいな顔つきになつて、じぶんも一生けん命糸をとりましたし、野原の方からも四人人を連れてきて働かせました。けれども蛾の方は日ましに多く出るやうになつて、しまひには森ぢゆうまるで雪でもとんでゐるやうになりました。するとある日、六七台の荷馬車が来て、いままでにできた糸をみんなつけて、町の方へ帰りはじめました。みんなも一人づつ荷馬車について行きました。いちばんしまひの荷馬車がたつとき、てぐす飼ひの男が、ブドリに、
「おい、お前の来春まで食ふくらゐのものは家の中に置いてやるからな、それまでここで森と工場の番をしてゐるんだぞ。」
と云つて変ににやにやしながら、荷馬車についてさつさと行つてしまひました。