宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 17/54

赤鬚は、ブドリとおぢいさんに交(かは)る交る云ひながら、さつさと先に立つて歩きました。あとではおぢいさんが、
「年寄りの云ふこと聞かないで、いまに泣くんだな。」とつぶやきながら、しばらくこつちを見送つてゐるやうすでした。
 それからブドリは、毎日毎日沼ばたけへ入つて馬を使つて泥を掻(か)き廻しました。一日ごとに桃いろのカードも緑のカードもだんだん潰(つぶ)されて、泥沼に変るのでした。馬はたびたびびしやつと泥水をはねあげて、みんなの顔へ打ちつけました。一つの沼ばたけがすめばすぐ次の沼ばたけへ入るのでした。一日がとても永くて、しまひには歩いてゐるのかどうかわからなくなつたり、泥が飴(あめ)のやうな、水がスープのやうな気がしたりするのでした。風が何べんも吹いて来て近くの泥水に魚の鱗(うろこ)のやうな波をたて、遠くの水をブリキいろにして行きました。そらでは、毎日甘くすつぱいやうな雲が、ゆつくりゆつくりながれてゐて、それがじつにうらやましさうに見えました。かうして二十日ばかりたちますと、やつと沼ばたけはすつかりどろどろになりました。