|
|
宮沢賢治幻燈館 「グスコーブドリの伝記」 18/54 |
![]() |
次の朝から主人はまるで気が立つて、あちこちから集まつて来た人たちといつしよに、その沼ばたけに緑いろの槍(やり)のやうなオリザの苗をいちめん植ゑました。それが十日ばかりで済むと、今度はブドリたちを連れて、今まで手伝つて貰つた人たちの家へ毎日働きにでかけました。それもやつと一まはり済むと、こんどはまたじぶんの沼ばたけへ戻つて来て、毎日毎日草取りをはじめました。ブドリの主人の苗は大きくなつてまるで黒いくらゐなのに、となりの沼ばたけはぼんやりしたうすい緑いろでしたから、遠くから見ても二人の沼ばたけははつきり堺(さかひ)まで見わかりました。七日ばかりで草取りが済むとまたほかへ手伝ひに行きました。ところがある朝、主人はブドリを連れて、じぶんの沼ばたけを通りながら、俄(にはか)に「あつ」と叫んで棒立ちになつてしまひました。見ると唇(くちびる)のいろまで水いろになつて、ぼんやりまつすぐを見つめてゐるのです。 |