宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 20/54

おれはそのあとで、あすこの沼ばたけでおもしろい手品(てづま)をやつて見せるからな。その代り今年の冬は、家ぢゆうそばばかり食ふんだぞ。おまへそばはすきだらうが。」それから主人はさつさと帽子をかぶつて外へ出て行つてしまひました。ブドリは主人に云はれた通り納屋へ入つて睡(ねむ)らうと思ひましたが、何だかやつぱり沼ばたけが苦になつて仕方ないので、またのろのろそつちへ行つて見ました。するといつ来てゐたのか、主人がたつた一人腕組みをして土手に立つて居りました。見ると沼ばたけには水がいつぱいで、オリザの株は葉をやつと出してゐるだけ、上にはぎらぎら石油が浮んでゐるのでした。主人が云ひました。
「いまおれこの病気を蒸し殺してみるとこだ。」
「石油で病気の種が死ぬんですか。」とブドリがきゝますと、主人は、
「頭から石油に漬けられたら人だつて死ぬだ。」と云ひながら、ほうと息を吸つて首をちゞめました。その時、水下(みづしも)の沼ばたけの持主が、肩をいからして息を切つてかけて来て、大きな声でどなりました。
「何だつて油など水へ入れるんだ。みんな流れて来て、おれの方へはひつてるぞ。」