宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 21/54

 主人は、やけくそに落ちついて答へました。
「何だつて油など水へ入れるつたつて、オリザへ病気ついたから、油など水へいれるのだ。」
「何だつてそんならおれの方へ流すんだ。」
「何だつてそんならおまへの方へ流すつたつて、水は流れるから油もついて流れるのだ。」
「そんなら何だつておれの方へ水来ないやうに水口(みなぐち)とめないんだ。」
「何だつておまへの方へ水行かないやうに水口とめないかつたつて、あすこはおれのみな口でないから水とめないのだ。」
 となりの男は、かんかん怒つてしまつてもう物も云へず、いきなりがぶがぶ水へはひつて、自分の水口に泥を積みあげはじめました。主人はにやりと笑ひました。
「あの男むづかしい男でな。こつちで水をとめると、とめたといつて怒るからわざと向ふにとめさせたのだ。あすこさへとめれば、今夜中に水はすつかり草の頭までかゝるからな。さあ帰らう。」主人はさきに立つてすたすた家へあるきはじめました。
 次の朝ブドリはまた主人と沼ばたけへ行つてみました。主人は水の中から葉を一枚とつてしきりにしらべてゐましたが、やつぱり浮かない顔でした。