宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 22/54

その次の日もさうでした。その次の日もさうでした。その次の日もさうでした。その次の朝、たうとう主人は決心したやうに云ひました。
「さあブドリ、いよいよこゝへ蕎麦播(そばま)きだぞ。おまへあすこへ行つて、となりの水口こはして来い。」ブドリは云はれた通りこはして来ました。石油のはひつた水は、恐ろしい勢でとなりの田へ流れて行きます。きつとまた怒つてくるなと思つてゐますと、ひるごろ例のとなりの持主が、大きな鎌(かま)をもつてやつてきました。
「やあ、何だつてひとの田へ石油ながすんだ。」
 主人がまた、腹の底から声を出して答へました。
「石油ながれれば何だつて悪いんだ。」
「オリザみんな死ぬでないか。」
「オリザみんな死ぬか、オリザみんな死なないか、まづおれの沼ばたけのオリザ見なよ。今日で四日頭から石油かぶせたんだ。それでもちやんとこの通りでないか。赤くなつたのは病気のためで、勢のいゝのは石油のためなんだ。おまへの所など、石油がたゞオリザの足を通るだけでないか。却(かへ)つていゝかもしれないんだ。」
「石油こやしになるのか。」向ふの男は少し顔いろをやはらげました。