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ある秋の日、主人はブドリにつらさうに云ひました。
「ブドリ、おれももとはイーハトーブの大百姓だつたし、ずゐぶん稼いでも来たのだが、たびたびの寒さと旱魃(かんばつ)のために、いまでは沼ばたけも昔の三分の一になつてしまつたし、来年は、もう入れるこやしもないのだ。おれだけでない。来年こやしを買つて入れれる人つたらもうイーハトーブにも何人もないだらう。かういふあんばいでは、いつになつておまへにはたらいて貰つた礼をするといふあてもない。おまへも若いはたらき盛りを、おれのとこで暮してしまつてはあんまり気の毒だから、済まないがどうかこれを持つて、どこへでも行つていゝ運を見つけてくれ。」そして主人は一ふくろのお金と新らしい紺で染めた麻の服と赤革の靴とをブドリにくれました。ブドリはいままでの仕事のひどかつたことも忘れてしまつて、もう何もいらないから、こゝで働いてゐたいとも思ひましたが、考へてみると、居てもやつぱり仕事もそんなにないので、主人に何べんも何べんも礼を云つて、六年の間はたらいた沼ばたけと主人に別れて停車場をさして歩きだしました。
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