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すると学生はばかにしたやうに鼻でわらひながら答へました。
「クーボー大博士さお前知らなかつたのかい。」それからじろじろブドリのやうすを見ながら、
「はじめから、この図なんか書けるもんか。ぼくでさへ同じ講義をもう六年もきいてゐるんだ。」と云つて、じぶんのノートをふところへしまつてしまひました。その時教室に、ぱつと電燈がつきました。もう夕方だつたのです。大博士が向ふで言ひました。
「いまや夕(ゆふべ)ははるかに来り、拙講(せつこう)もまた全課を了(を)へた。諸君のうちの希望者は、けだしいつもの例により、そのノートをば拙者に示し、更に数箇の試問を受けて、所属を決すべきである。」学生たちはわあと叫んで、みんなばたばたノートをとぢました。それからそのまゝ帰つてしまふものが大部分でしたが、五六十人は一列になつて大博士の前をとほりながらノートを開いて見せるのでした。すると大博士はそれを一寸見て、一言か二言質問をして、それから白墨でえりへ、「合」とか、「再来」とか「奮励」とか書くのでした。学生はその間、いかにも心配さうに首をちゞめてゐるのでしたが、それからそつと肩をすぼめて廊下まで出て、友達にそのしるしを読んで貰つて、よろこんだりしよげたりするのでした。
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