宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 31/54

風のある日は、棒は斜めになりますが、その傾きは風の程度に従ひます。波や幾つもきれになるのは、風のためにもよりますが、一つはけむりや煙突のもつ癖のためです。あまり煙の少ないときは、コルク抜きの形にもなり、煙も重い瓦斯(がす)がまじれば、煙突の口から房になつて、一方乃至(ないし)四方に落ちることもあります。」大博士はまたわらひました。
「よろしい。きみはどういふ仕事をしてゐるのか。」
「仕事をみつけに来たんです。」
「面白い仕事がある。名刺をあげるから、そこへすぐ行きなさい。」博士は名刺をとり出して何かするすると書き込んでブドリに呉れました。ブドリはおじぎをして、戸口を出て行かうとしますと、大博士はちよつと眼で答へて、
「何だ。ごみを焼いてるのかな。」と低くつぶやきながら、テーブルの上にあつた鞄(かばん)に、白墨(チヨーク)のかけらや、はんけちや本や、みんな一緒に投げ込んで小脇にかゝへ、さつき顔を出した窓から、プイツと外へ飛び出しました。びつくりしてブドリが窓へかけよつて見ますといつか大博士は玩具(おもちや)のやうな小さな飛行船に乗つて、じぶんでハンドルをとりながら、もううす青いもやのこめた町の上を、まつすぐに向ふへ飛んでゐるのでした。