宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 33/54

 その室の右手の壁いつぱいに、イーハトーブ全体の地図が、美しく色どつた巨(おほ)きな模型に作つてあつて、鉄道も町も川も野原もみんな一目でわかるやうになつて居り、そのまん中を走るせぼねのやうな山脈と、海岸に沿つて縁(へり)をとつたやうになつてゐる山脈、またそれから枝を出して海の中に点々の島をつくつてゐる一列の山山には、みんな赤や橙(だいだい)や黄のあかりがついてゐて、それが代る代る色が変つたりジーと蝉(せみ)のやうに鳴つたり、数字が現はれたり消えたりしてゐるのです。下の壁に添つた棚には黒いタイプライターのやうなものが三列に百でもきかないくらゐ並んで、みんなしづかに動いたり鳴つたりしてゐるのでした。ブドリがわれを忘れて見とれて居りますと、その人が受話器をことつと置いてふところから名刺入れを出して、一枚の名刺をブドリに出しながら、
「あなたが、グスコーブドリ君ですか。私はかう云ふものです。」と云ひました。見ると、イーハトーブ火山局技師ペンネンナームと書いてありました。その人はブドリの挨拶になれないでもぢもぢしてゐるのを見ると、重ねて親切に云ひました。
「さつきクーボー博士から電話があつたのでお待ちしてゐました。