宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 35/54

 ブドリはその日からペンネン老技師について、すべての器械の扱ひ方や観測のしかたを習ひ、夜も昼も一心に働いたり勉強したりしました。そして二年ばかりたちますとブドリはほかの人たちと一緒に、あちこちの火山へ器械を据ゑ付けに出されたり、据ゑ付けてある器械の悪くなつたのを修繕にやられたりもするやうになりましたので、もうブドリにはイーハトーブの三百幾つの火山と、その働き工合(ぐあひ)は掌(てのひら)の中にあるやうにわかつて来ました。じつにイーハトーブには七十幾つの火山が毎日煙をあげたり、溶岩を流したりしてゐるのでしたし、五十幾つかの休火山は、いろいろな瓦斯を噴いたり、熱い湯を出したりしてゐました。そして残りの百六七十の死火山のうちにもいつまた何をはじめるかわからないものもあるのでした。
 ある日ブドリが老技師とならんで仕事をして居りますと、俄(にはか)にサンムトリといふ南の方の海岸にある火山が、むくむく器械に感じ出して来ました。老技師が叫びました。
「ブドリ君。サンムトリは、今朝まで何もなかつたね。」
「はい、いままでサンムトリのはたらいたのを見たことがありません。」