宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 36/54

「あゝ、これはもう噴火が近い。今朝の地震が刺戟(しげき)したのだ。この山の北十キロのところにはサンムトリの市がある。今度爆発すれば、多分山は三分の一、北側をはねとばして、牛や卓子(テーブル)ぐらゐの岩は暑い灰や瓦斯といつしよに、どしどしサンムトリ市に落ちてくる。どうでも今のうちにこの海に向いた方へボーリングを入れて傷口をこさへて、瓦斯を抜くか溶岩を出させるかしなければならない。今すぐ二人で見に行かう。」二人はすぐに支度して、サンムトリ行きの汽車に乗りました。

 六、サンムトリ火山

 二人は次の朝、サンムトリの市に着き、ひるごろサンムトリ火山の頂近く、観測機械を置いてある小屋に登りました。そこは、サンムトリ山の古い噴火口の外輪山が、海の方へ向いて欠けた所で、その小屋の窓からながめますと、海は青や灰いろの幾つもの縞(しま)になつて見え、その中を汽船は黒いけむりを吐き、銀いろの水脈(みを)を引いていくつも滑つて居るのでした。
 老技師はしづかにすべての観測機を調べ、それからブドリに云ひました。