宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 37/54

「きみはこの山はあと何日ぐらゐで噴火すると思ふか。」
「一月はもたないと思ひます。」
「一月はもたない。もう十日ももたない。早く工作をしてしまはないと、取り返しのつかないことになる。私はこの山の海に向いた方では、あすこが一番弱いと思ふ。」老技師は山腹の谷の上のうす緑の草地を指さしました。そこを雲の影がしづかに滑つてゐるのでした。
「あすこには溶岩の層が二つしかない。あとは柔らかな火山灰と火山礫(れき)の層だ。それにあすこまでは牧場の道も立派にあるから、材料を運ぶことも造作ない。ぼくは工作隊を申請しよう。」老技師は忙(せは)しく局へ発信をはじめました。その時脚の下では、つぶやくやうな微かな音がして、観測小屋はしばらくぎしぎし軋(きし)みました。老技師は機械をはなれました。
「局からすぐ工作隊を出すさうだ。工作隊といつても半分決死隊だ。私はいままでに、こんな危険に迫つた仕事をしたことがない。」
「十日のうちにできるでせうか。」
「きつとできる。装置には三日、サンムトリ市の発電所から、電線を引いてくるには五日かゝるな。」