宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 38/54

 技師はしばらく指を折つて考へてゐましたが、やがて安心したやうにまたしづかに云ひました。
「とにかくブドリ君。一つ茶をわかして呑まうではないか。あんまりいゝ景色だから。」
 ブドリは持つて来たアルコールランプに火を入れて茶をわかしはじめました。空にはだんだん雲が出て、それに日ももう落ちたのか、海はさびしい灰いろに変り、たくさんの白い波がしらは、一せいに火山の裾に寄せて来ました。
 ふとブドリはすぐ目の前にいつか見たことのあるをかしな形の小さな飛行船が飛んでゐるのを見つけました。老技師もはねあがりました。
「あ、クーボー君がやつて来た。」
 ブドリも続いて小屋をとび出しました。飛行船はもう小屋の左側の大きな岩の壁の上にとまつて中からせいの高いクーボー大博士がひらりと飛び下りてゐました。博士はしばらくその辺の岩の大きなさけ目をさがしてゐましたが、やつとそれを見つけたと見えて、手早くねぢをしめて飛行船をつなぎました。
「お茶をよばれに来たよ。ゆれるかい。」大博士はにやにやわらつて云ひました。老技師が答へました。
「まだそんなでない。けれどもどうも岩がぽろぽろ上から落ちてゐるらしいんだ。」