宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 47/54


 八、 秋

 その年の農作物の収穫は、気候のせゐもありましたが、十年の間にもなかつたほど、よく出来ましたので、火山局にはあつちからもこつちからも感謝状や激励の手紙が届きました。ブドリははじめてほんたうに生きた甲斐(かひ)があるやうに思ひました。
 ところがある日、ブドリがタチナといふ火山へ行つた帰り、とりいれの済んでがらんとした沼ばたけの中の小さな村を通りかゝりました。ちやうどひるころなので、パンを買はうと思つて、一軒の雑貨や菓子を売つてゐる店へ寄つて、
「パンはありませんか。」とききました。すると、そこには三人のはだしの人たちが、眼をまつ赤にして酒を呑んで居りましたが、一人が立ち上つて、
「パンはあるが、どうも食はれないパンでな。石盤だもな。」とをかしなことを云ひますと、みんなは面白さうにブドリの顔を見てどつと笑ひました。ブドリはいやになつて、ぷいつと表へ出ましたら、向ふから髪を角刈りにしたせいの高い男が来て、いきなり、
「おい、お前、今年の夏、電気でこやし降らせたブドリだな。」と云ひました。