宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 5/54

森の樹の間からは、星がちらちら何か云ふやうにひかり、鳥はたびたびおどろいたやうに暗(やみ)の中を飛びましたけれども、どこからも人の声はしませんでした。たうとう二人はぼんやり家へ帰つて中へはひりますと、まるで死んだやうに睡つてしまひました。
 ブドリが眼をさましたのは、その日のひるすぎでした。お母さんの云つた粉のことを思ひだして戸棚を開けて見ますと、なかには、袋に入れたそば粉やこならの実がまだたくさん入つてゐました。ブドリはネリをゆり起して二人でその粉をなめ、お父さんたちがゐたときのやうに炉に火をたきました。
 それから、二十日ばかりぼんやり過ぎましたら、ある日戸口で、
「今日は、誰か居るかね。」と言ふものがありました。お父さんが帰つて来たのかと思つてブドリがはね出して見ますと、それは籠(かご)をしよつた目の鋭い男でした。その男は籠の中から円い餅(もち)をとり出してぽんと投げながら言ひました。
「私はこの地方の飢饉(ききん)を救(たす)けに来たものだ。さあ何でも喰べなさい。」二人はしばらく呆(あき)れてゐましたら、「さあ喰べるんだ、食べるんだ。」とまた云ひました。二人がこはごはたべはじめますと、男はじつと見てゐましたが、