宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 51/54

 ネリには、可愛らしい男の子が生れました。冬に仕事がひまになると、ネリはその子にすつかりこどもの百姓のやうなかたちをさせて、主人といつしよに、ブドリの家に訪ねて来て、泊まつて行つたりするのでした。

 ある日、ブドリのところへ、昔てぐす飼ひの男にブドリといつしよに使はれてゐた人が訪ねて来て、ブドリたちのお父さんのお墓が森のいちばんはづれの大きな榧(かや)の木の下にあるといふことを教へて行きました。それは、はじめ、てぐす飼ひの男が森に来て、森ぢゆうの樹を見てあるいたとき、ブドリのお父さんたちの冷くなつたからだを見附けて、ブドリに知らせないやうに、そつと土に埋めて、上へ一本の樺の枝をたてて置いたといふのでした。ブドリは、すぐネリたちをつれてそこへ行つて、白い石灰岩の墓をたてて、それからもその辺を通るたびにいつも寄つてくるのでした。
 そしてちやうどブドリが二十七の年でした。どうもあの恐ろしい寒い気候がまた来るやうな模様でした。測候所では、太陽の調子や北の方の海の氷の様子からその年の二月にみんなへそれを予報しました。それが一足づつだんだん本当になつてこぶしの花が咲かなかつたり、五月に十日もみぞれが降つたりしますと、みんなはもう、この前の凶作を思ひ出して生きたそらもありませんでした。