宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 52/54

クーボー大博士も、たびたび気象や農業の技師たちと相談したり、意見を新聞へ出したりしましたが、やつぱりこの烈しい寒さだけはどうともできないやうすでした。
 ところが六月もはじめになつて、まだ黄いろなオリザの苗や、芽を出さない樹を見ますと、ブドリはもう居ても立つてもゐられませんでした。このままで過ぎるなら、森にも野原にも、ちやうどあの年のブドリの家族のやうになる人がたくさんできるのです。ブドリはまるで物も食べずに幾晩も幾晩も考へました。ある晩ブドリは、クーボー大博士のうちを訪ねました。
「先生、気層のなかに炭酸瓦斯が増えて来れば暖くなるのですか。」
「それはなるだらう。地球ができてからいままでの気温は、大抵空気中の炭酸瓦斯の量できまつてゐたと云はれる位だからね。」
「カルボナード火山島が、いま爆発したら、この気候を変へる位の炭酸瓦斯を噴くでせうか。」
「それは僕も計算した。あれがいま爆発すれば、瓦斯はすぐ 大循環の上層の風にまじつて 地球ぜんたいを包むだらう。