宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 53/54

そして下層の空気や地表からの熱の放散を防ぎ、地球全体を平均で五度位温(あたたか)にするだらうと思ふ。」
「先生、あれを今すぐ噴かせられないでせうか。」
「それはできるだらう。けれども、その仕事に行つたもののうち、最後の一人はどうしても遁(に)げられないのでね。」
「先生、私にそれをやらしてください。どうか先生からペンネン先生へお許しの出るやうお詞(ことば)を下さい。」
「それはいけない。きみはまだ若いし、いまのきみの仕事に代れるものはさうはない。」
「私のやうなものは、これから沢山できます。私よりもつともつと何でもできる人が、私よりもつと立派にもつと美しく、仕事をしたり笑つたりして行くのですから。」
「その相談は僕はいかん。ペンネン技師に談(はな)したまへ。」
 ブドリは帰つて来て、ペンネン技師に相談しました。技師はうなづきました。
「それはいい。けれども僕がやらう。僕は今年もう六十三なのだ。ここで死ぬなら全く本望といふものだ。」