聊斎志異より 「掌篇集」 3/7
蒲 松 齢(ほ しょうれい)
 聊斎志異
(りょうさいしい)より
酒 虫(しゅちゅう)

山東省長山県の劉(りゅう)さんは、ひとりでも大きなかめひとつを空けてしまうほどの酒好きで、広い田の半分には酒の原料になるキビを植えて、裕福に暮らしておりました。
ある日、チベットのほうから来た坊さんが劉さんを見て
「あなたには奇病がありますな」と言うのです。
「いくら酒を飲まれても酔わんでしょう。酒虫が取り付いておるですよ」

驚いた劉さんが、どんな薬を飲めば直せるだろうかと聞いてみると
「なに、薬などは使いませんぢゃ」
坊さんは、陽当たりのいい庭の椅子に劉さんをうつぶせにして縛り付け、その前に酒がなみなみとはいったかめを置いたのです。
のどがヒリヒリ渇いてきて、飲みたい、飲みたい……と悶えていると、のどの奥がもぞもぞとして、やがて口から長さ10pほどの赤い虫が出てきて下のかめの中にぽちゃんと落ちました。
なわをといてもらって、かめをのぞくと、そいつは魚かなんぞのように酒の中を泳ぎ回っているのです。
坊さんは謝礼の金を断って、かわりにその虫をいただきたいと言います。
「これは酒の精でしてな、かめの水にこれを入れてかきまわせば、うまい酒ができますぢゃ」
虫が去ったあとの劉さんは、酒のにおいをかぐと吐き気がするという酒嫌いになってしまったのでした。
ところが、その後はしだいに家産が傾き、しまいには食うや食わずといったところまで落ちぶれてしまったということです。
人間は遺伝子の乗り物だという説を聞いたことがありますが、劉さんは酒虫の乗り物だったようです。