聊斎志異より 「掌篇集」 4/7
蒲 松 齢(ほ しょうれい)
 聊斎志異
(りょうさいしい)より
山 (さんしょう)

孫太白(そん たいはく)という人が作者にしてくれた話ということです。
太白の曾祖父が山寺にこもって受験勉強していたころの話です。
十日ばかり家に帰ってまたもどってくると部屋中ほこりとクモの巣だらけなので下僕にそうじさせ、ようやく寝具を整えた時は夜になっていました。
窓に差し込む月光の明るさに何度か寝がえりを打っていると、急に風の音がおこり、山林のこずえを瀟々と鳴らして近づいてきます。
やがて山門があおられる音がして、風の音はさらに高まってくるようすです。
寺僧が閉め忘れたのかと不審に思っているうちに玄関の扉が開いて風は室を吹き抜けます。

恐ろしくなった孫公は、近くにあった刀をふとんの中に引きよせ、息を殺しておりました。
靴音が近づいて部屋の扉がばたんと開き、入口につかえるほどの鬼がベッドの前に立ちふさがったのです。
顔は黄緑色で、虎の牙のような歯がまばらに生えた口を開いて「うぉーん」と吼えると、部屋の壁がびりびりと振動します。
「このまま殺されるよりは」というので、宋公はふとんをはねのけるや抜き打ちに斬りつけました。
刀は鬼の腹に当たって石のカメを叩いたような音が響きました。
怒った鬼はつかみかかりましたが、公が身を伏せたのでうしろの蒲団をさらって引き上げていったのでした。
蒲団をさらわれたとき、公はベッドの下に転がり落ち、大声で叫んだので下僕たちが駆けつけました。
皆で調べると蒲団は入口の扉に引っかかっていて、それには鬼の爪痕の大きな穴があいていたのでした。
宋公はもう滞在する気にならず、夜が明けると書物を背負って家に帰ったのでした。
のちに寺の僧侶に聞いたところでは、その後変事は起きなかったということです。
題名は遠野物語などに出てくる山中の妖怪をさす言葉だということです。