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参詣の人は必ずここに泊まりましたから、町の家は軒を連ねて宿を貸しておりました。
田辺の家は灯明の用品を商っておりましたから、いつも隙間もないほどに客の立て込んでいる中に、都の人の忍び詣でと見えて、少女を供にした立派な衣装の女が香を買いに立ち寄りました。
その少女が豊雄を見て
「あれ、ご主人様がこんな所にいらっしゃる」と言うのを見れば、あの真女児(まなご)とまろやなのです。
叫び声を上げて奥に逃げ込んだ豊雄に、姉夫婦が「どうした」と聞けば、
「あの妖怪がここまで追ってきたのです。あれに近寄ってはいけません」と逃げまどうので、使用人たちも 「そいつは、どこにいる!」と騒ぎ出します。
真女児は奥にはいってきて
「みなさん、落ち着いてください。ご主人様もそんなに怖がらないでください。わたくしの心遣いから罪に落としてしまった悲しさに、お会いして事情を説明し、お気持ちを晴らしたいと探しておりましたが、その甲斐あってまたお会いできて嬉しいことです。どうぞ、落ち着いて聞いてください。わたくしがもし妖怪ならば、この のどかな日盛りに大勢の人の前にどうして出歩けましょう。着物には縫い目もございますし、日に向かえば影もございます」
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豊雄はやや落ち着いて、
「お前が本当に妖怪でないならば、わたしが捕らわれて屋敷に行ったときに起こった事は何なのだ。しつこく追ってきてどうしようというのか。早く立ち去れ」

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