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真女児(まなご)は涙を流し
「そう思われるのはもっともですが、しばらくわたくしの話もお聞きください。あなたが捕らわれたと聞いて、かねて目をかけていた隣の翁に頼み、屋敷を廃屋のように作り替えました。雷はまろやのはかりごとです。

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そののち船で難波に逃れましたが、ご消息を知りたいものと初瀬(長谷)の御仏に願を掛けましたところ、霊験あって、ふたもとの杉(下段)のようにうれしくも同じ(初)瀬に流れ会えましたことは、大慈大悲の観世音のおかげでございましょう。様々の神宝は女にどうして盗みだせましょうか。先の夫のよからぬ心のなせるわざでございましょう。どうかお聞きわけいただいて、お慕いする心の露ほどでもお汲み取りください」
と言って、さめざめと泣くのでした。
豊雄はなかばは疑いながらも、また女を憐れんで、言うべき言葉もありません。
金忠(かねただ)夫妻は真女児の説明に納得し、そのやさしいふるまいに露疑う心もなく、
「豊雄の話では世にも恐ろしい事だと思ったが、今時そんな怪しい事が起こるはずがない。長いこと尋ねまわったというお心のいとおしさに、豊雄が断っても私たちが帰しませんよ」と、部屋をあてがって迎え入れました。一日二日を過ごすうちに姉夫婦にすがり、ひたすら懇願しますから夫婦もその情にほだされ、豊雄に勧めてついに婚儀を結ばせました。
豊雄も次第に心を許し、もとよりその容姿に惹かれていたことであり、千歳を契ってからは、高間の山に夜ごと立つ雲が初瀬の寺の暁の鐘に消えるように疑いは消え、結ばれるのが遅れたことを嘆くほどでした。
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(古今集の歌)
初瀬川ふる川の辺(へ)に二本(ふたもと)ある杉
としをへて またもあひ見む ふた本ある杉
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