Web 絵草紙
「蛇性の婬」 17/24

あちこちで野鳥が鳴き交わし、草木の花が様々に咲き競う景色は、同じ山里ながら初瀬と比べて目が覚めるような感じがするのです。
「初めての方には滝のあたりが見所が多いでしょう」というので、案内の人を頼んで出かけます。
谷をめぐって下りてゆけば、昔行幸のあった所は岩走る滝水の流れに逆らって小さな鮎が泳ぐなど目くるめくほどに美しく、そこここに弁当を広げなどして楽しく過ごしておりました。

と、岩づたいに下りてくる人があります。
ぼさぼさの髪は麻を束ねたようですが、手足の筋肉は隆々として、頑健そうな翁(おきな)です。
やがて滝の下にまいりました。


遊ぶ人々を不審そうに見るのに、真女児(まなご)とまろやはこの人に背を向けて顔を合わさぬようにしておりましたが、翁はこの二人をじっと見つめて、
「けしからぬ! この邪神ども、なんで人を惑わすのか。わしの目の前でそのままいるつもりか!」
それを聞くとふたりはいきなり走り出し、滝壺に身を躍らせる──と見るうちに水は天に逆巻き、雲は墨を流したようにあたりを暗くし、雨は乱れた篠竹のように降ってまいります。
翁は慌てふためく人々をしたがえて里にくだり、みな生きた心地もなく粗末な家の軒下にうずくまっておりました。
豊雄は地にぬかづいて翁に事の顛末を語り、
「どうか、お助けください」とおそれ敬って頼みました。