Web 絵草紙
「蛇性の婬」 2/24

九月も末のある日、海も穏やかにないだ好い天気の日でしたが、急に東南の空に雲が湧き起こり雨も降ってまいりました。
豊雄は師の家で傘を借りて帰る途中、飛鳥の神社が見えるあたりまで来ると雨が激しくなってまいりましたから、土地の漁師の家に雨宿りに立ち寄りました。
「これは網元の坊ちゃんではありませんか。こんなあばら屋に立ち寄られるなんて、もったいないことで……。さあ、これをお敷きなさい」
恐縮した漁師の老人は、汚れた藁の座布団をはたいて床に敷いてくれるのでした。
「いくらか小降りになるまでの間だから、あまり気を遣わないでください」
と言って坐って雨を眺めていると、外で
「しばらく軒先をお貸しください」と、やさしい声が聞こえます。
まだ二十歳前と見える美しい女で、重なる山ひだを染めた見事な色合いの衣装を付け、包みを持った十四五ほどのかわいい少女を供に連れております。