Web 絵草紙
「蛇性の婬」 3/24

ぬれた衣装ではいって来た女が、豊雄を見てさっと顔を赤らめ目を伏せた様子に、豊雄も心ときめき、
「このあたりにこんなすばらしい人が住んでいるとは、うわさにも聞いたことがないが……。たぶん都の人が熊野三山詣でのついでに、海を見ようと来られたのでもあろうか。それにしても男の供を連れていないのは不用心なことだ」と思いながら、少し座をずらせて、
「こちらにおはいりなさい。雨はやがてやむでしょう」と申します。
「それならお許しをいただきまして」
狭い家のことですから一緒に並ぶようにしておりましたが、近く見ればその美しさはいよいよ輝くばかり、この世の者とも思われません。
豊雄は心ここにあらずで、
「高貴な家のお方かとお見受けしますが、三山もうでに来られたか、それとも峯の湯にでもおいでになられたのでしょうか。こんな荒れた海辺に何の見所があっておいでになられましたか。
このあたりは昔の人の
  くるしくも ふりくる雨か三輪が崎
        佐野のわたりに家もあらなくに
と詠んだ所ですが、ちょうど今日の様子がそれですね。
これは粗末な家ではありますが、父が目をかけている男の家でございますから、安心してお休みください」