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「うれしいお心遣いをいただきまして。その思ひ(火)に衣をほしてまいりましょう。わたくしは都の者ではなくこの近くにながらく住んでおります。今日、那智の滝にお参りいたしましたところ、にわかの雨に、お休みになっている所とも知らず立ち寄りました。家はここから遠くはありません。いくらか小やみになってまいりましたので失礼して帰ろうと思います」
「この傘をお持ちください。雨はまだやみそうもありませんよ。傘はまた何かのついでに受け取りにまいりますから。お住まいはどちらでしょうか。こちらから使いを出しますので」と、強いて傘を渡せば、
「新宮のあたりで県の真女児(あがたのまなご)の家とおたずねください。日も暮れかけてまいりますので、おこころざしの傘をさしいただいて帰りましょう」
豊雄は女を見送ってから、主人の簑笠を借りて帰りましたが、夜通しその面影が浮かんで寝られず、ようやくまどろむ明け方の夢に女の家を尋ねて行けば、立派な屋敷に蔀(しとみ)やすだれを下ろして奥ゆかしく暮らしている様子です。
真女児が出迎え
「お心遣いの忘れがたく、おいでを待ちこがれておりました。こちらへおはいりください」と、奥座敷に案内いたします。
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さまざまの酒食をもてなされるうちに、つい酔いに任せ枕をともにして語り合うかと思えば、明るくなって目が覚めたのでした。
あれがまことだったなら……と思うと我を忘れ、ついでに朝食も忘れて家をさまよい出たのでした。
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