Web 絵草紙
「蛇性の婬」 6/24

品の良い食器に海山の物が盛りつけられ、まろやが酒をすすめるのでした。


豊雄はまた夢が覚めるのではないかと思い、夢でないのがかえって不思議なくらいなのです。
主客ともに酔い心地のとき、真女児(まなご)は杯を上げ水に映る桜が春風に揺れるかと見える顔に、枝を渡る鶯の声で
「恥ずかしい事を言えずに病に倒れても、何の神様のせいに出来ましょう。どうかそら言とお聞きにならないでください。わたくしは都に生まれましたが早く父母に死に別れ、乳母に育てられました。この国の国司に仕える県のなにがしのもとに嫁ぎ、こちらに下って三年になりますが、この春、夫は急病で亡くなり、たよりなき身となりました。乳母も尼となり修行に出たということで、都にもまた縁なき身を憐れみください。きのうの雨宿りにおかけ頂いた情けに誠ある方とお見受けし、おそばにお仕えしたいと思います。卑しい者とお見捨てにならないなら、この杯に千歳を契りたいと存じます」
豊雄はもともとこんな場面を夢見ていましたから舞い上がらんばかりに喜んだのですが、親兄弟に頼る身の上を思えば即答は出来かねるのでした。
真女児は沈み込んで
「浅はかな了見からつまらぬ事を言い出して、戻る道もなく恥ずかしいことです。こんな情けない身を海に沈めもせず、ご迷惑をおかけするとは何と罪深いことでしょう。ただいまの言葉はけっして偽りではありませんが、酒の上でのたわごとと、この海にお捨てください」