|
『なんと不思議なことではないか。門が開いていれ
ばはいれるのも もっともだが、扉は閉じている。
これはどうしたことだ』
男は恐ろしさで髪の毛も太るようで、すくんだよう
に立っているうちに、にわかに屋敷の中に泣き叫ぶ
声が上がりました。
耳をそばだてると、どうやら人の死んだような気配
なのです。
奇妙なこともあるものと、しばらくその辺をうろつ
いているうちに夜も明けたので、明るくなってから
その屋敷に勤めるちょっとした知り合いに会って、
不審を晴らそうと様子を聞いてみました。
「この頃、近江の国にいる女房の生き霊が現れると、
ここの殿様が悩んでおられたが、明け方、『生き霊
が出た』と言っているうちに、急に亡くなられた。
してみれば、生き霊なんてものは、ほんとうに人を
殺したりする力があるものなのだなあ」
と、その人が語るのを聞いているうちに、男もなん
となく頭痛がしてきて、
『女は喜んでいたが、この頭痛も、生き霊に関係し
たからだろう』と思い、その日は旅を取りやめ、家
にもどったのでした。
|