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「奥様をお持ちの方の行きずりのおからかいを、まに受けるなんておかしなことです」と女が答える様子がとても可愛らしいのです。
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「我が君! 我が君! いやしい妻は持っていますが、その顔ときたら猿のよう、心は物売り女のようで、離婚しようとは思うのですが、それでは、ほころびを縫う人もいなくなるのが困るので、いい人に出会ったらそちらに移ろうと深く思案しております。それで、こんなふうに申し上げるのです」と重方が言うと、
「それはほんとうの事でしょうか、それとも おからかいに なるのでしょうか」
「このおやしろの神もお聞きください。こうしてお詣りした験(しるし)に、長年の願い事をかなえてくださったとは、何とも嬉しい限りです。それで、あなたは独り身でいらっしゃるのですか。また、どちらにお住まいなのでしょうか」
「わたくしも定まった夫はありません。宮仕えをしておりましたが、人の妻となってやめたところ、その人もいなかで亡くなりましたので、この三年ばかり、頼む人もあればと、このお社にお参りしております。でも、行きずりの人のおっしゃる事を真に受けるなんて恥ずかしいことですね。さあ、おいでください。わたくしも帰りましょう」と、女は立ち去ろうとしますから、重方は手を額の前で摺り合わせ、女の胸元に烏帽子(えぼし)の先を当てて、
「神様、お助けください。そんな侘びしい事を聞かせないでください。ここから直ちにあなたに従ってまいり、家には二度と帰りません」
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