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そう言って、平伏して拝んでいる重方の髷(まげ)を女は烏帽子ごとつかむと、山もとどろくほどに頬を殴りつけました。
「これは何をなさいますか」
重方は驚いて女の顔を仰ぎ見れば、な! なんと! 女は、今こきおろした自分の妻だったのです。
「おまえさんは、気でも狂ったのか」と、うろたえた重方が言うと、
「おのれは! どうして、そんな後ろめたい根性なのか! あの連れの人たちが『あいつは腹黒いやつだから気を付けろ』と言って行くのを、私を怒らせようとしているのだと思っていたけれど、本当のことだったのですね。おのれが今言ったように、今後、私の家に来たなら、この神の天罰が当たりましょうぞ! まったくよくも言ってくれたものだ。そのツラをぶち破って往来の人の笑い者にしてやりたいものだ!」
と、妻が言うのを、重方はへつらい笑いをしながら
「まあ、まあ、そう興奮しないでくれ。お前の言うことはもっともだ」と機嫌を取りますが、妻の怒りはおさまりません。
連れの武士達は崖の上で待っていましたが、
「田(でん)君は何をしているのだ」と見ると、女と組み合っていますから、あわてて駆け戻ると、重方は女に殴られて呆然としています。
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