Web 絵草紙
「平定文 本院の侍従に仮借せる語」 2/4

くやしいやら情けないやらで、「これは駄目だ。もうあきらめよう」と、それきり手紙も書かずにいましたが、三か月ほど過ぎた五月雨の降りしきる暗い夜、
「いかに鬼のような心の女でも、こんな夜に訪れたなら哀れと思って逢ってくれるだろう」と思いつき、夜更けに内裏を出て大臣の屋敷に行きました。
取り次ぎの少女の返事で「ご主人がおやすみになったらしのんでお会いしましょう」とのことですから、
「やはり思ったとおりだった。うまくやった」と、暗い戸口に隠れて待っていました。
やがて内側から引き戸の掛け金をはずす音がしますから平中は嬉しさで体も震えますが、気を静めてそっと歩み入ると、部屋は香の匂いに満ちています。

寝床と思われる辺りを手探りしてみると、女は柔らかな着物一枚を掛けて横たわっています。
寄り添って頭や肩を手探りで撫でてみると、細おもてで髪は氷のように冷ややかな手触りです。
平中はぞくぞくして震えが止まらず、言うべき言葉も出ません。
と、女が
「大変! 境の障子の掛け金を掛けるのを忘れました。行って掛けて参ります」
平中が同意すると女は掛けた着物をのけ、肌着のまま立って行きましたから、装束を解いて横になって待っていると、掛け金を掛ける音は聞こえましたが、足音は奥に遠ざかるようで、それきり戻って来ません。