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向こう岸に着くと、鹿皮の膝覆いをはたいて水を切り岸に矢を挿す様子ですが、暫くすると馬を返してまた川を渡り始めました。
ところが、今度は川の中ほどまで来ると女が現れ、
「この子を抱いて、この子を抱いて」と言う声が確かに聞こえました。
同時に「いがぁー いがぁー」と、赤ん坊の泣き声もします。
生臭いにおいが川からこちら岸までただよってきて、三人居ても恐ろしさで髪の毛も太る思いですから、ひとり川の中で幽霊に向き合っている人を思うと生きた心地がしません。
ところが季武(すえたけ)は平気で、「抱いてやろうじゃないか」と言い、
「これだよ。ほら」と差し出す女から赤ん坊を袖の上に受け取りました。
すると今度は女が追ってきて、「さあ、その子を返しておくれ」と言います。
「おのれ! 返すものか!」と、季武はそのままこちら岸に駆け上がり、館(やかた)の方へ戻って行きますから、三人も後に続いて駆け戻りました。
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