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夏のことで、后は袴に薄ものの単衣(ひとえ)という姿でしたが、風が几帳(きちょう)の布を吹き返したときに、それを聖人が見てしまいました。
山中で修行三昧の身に突然の刺激、それも最高の美女を見てしまった訳で、心は迷い肝は砕けて、体の中は火が燃えるようでとても我慢できず、人のいなくなった隙に几帳の内にはいり、后の腰に抱きつきました。
后は驚き恥じて拒みますが、とても力は及ばず、抱き臥せられてしまいました。
これを見つけた侍女たちの叫び声を聞きつけたのが、后の治療を頼まれて来ていた当麻の鴨継(たいまのかもつぐ)という医者で、すぐに駆けつけて、几帳から出て来た聖人を捕まえました。
牢に繋がれた聖人は取り調べには何も答えず、天を仰いで
「必ず死んで鬼となり、あの后を思いのままにせずにおくものか」などといいますから、それを伝え聞いた父の大臣は驚き慌てて天皇に上奏し、聖人を釈放して金剛山に返しました。
山に帰った聖人、何とか思いを遂げたいと日頃信仰する仏に祈ったものの、そんな願いを仏様が聞くわけはありません。
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