Web 絵草紙
「身貧しき男の去りたる妻摂津守の妻と成れる語」 3/4

従者が走って行って
「その男、お車でお呼びだ」と言えば、男は思いがけぬことで不審な顔で立っているのを、使いに
「早く参れ!」とおどされ、刈った芦を投げ捨て、鎌を腰に差して車の前に参りました。
北の方が、近くでよく見れば明らかにもとの夫です。
泥に汚れた黒い麻布の、袖もない膝丈ほどのひとえ物を着て、烏帽子(えぼし)ともいえないような、よれよれの烏帽子をかぶり、顔にも手足にも泥が付いて、汚らしいこと限りありません。
膝の裏やふくらはぎにはヒルが食いついて血がにじんでいます。

これを見て気の毒に思った北の方が、従者に命じて食物や酒を与えれば、車に向かってがつがつと飲み食いする様子は実に情けない有様です。
車内に仕える女房に
「あの芦刈る下人どものうちに、この男がなぜか訳ありげで哀れに見えたのが、かわいそうだったので」
と言い訳して、衣装をひとかさね、次のように書いた紙切れを付けて、車の内から「あの男に」と与えたのでした。
 
  あしからじと をもひてこそは わかれしか
      などか なにはのうらにしも すむ