第9回リアクションD1「不揃いな旋律〜受け継がれる想い〜」より抜粋

川合 勇次郎マスター執筆

Scene.1 「決戦間近」より

 滅び行く世界から、大切な物を守るために新しく生まれる世界へと旅立ちを決意した英霊たち。
 ……セレスティアの地に降臨してから、実に三年近くの時が流れようとしている。
 その地で英霊たちを迎え入れてくれた、魔導学院の総院長エスターシャ・リングや、その地に集っていた者たちと力を合わせ、戦い続けた日々。
 セレスティアからレイテノールへ、そしてレイテノールからアルケニアへと旅を続け、さらにリュクセール地方を目指し、ついに辿り着いた神樹イグドラシル
 滅び行く世界を救うことこそ間に合うことができなかったが、新たな世界を作り出すために各地から集った英霊たちの力が、イグドラシルへと集結しつつある。
「……なんだ。あれだけ苦労しながら旅をしてきたっていうのに、イグドラシルに到着している英霊って、結構少ないのね」
 イグドラシルのふもとに到着して、その状況を調べ歩いていたエスターシャが、気が抜けたような声で呟いた。
 だが、調べ歩いたといっても、それは漠然とした調査でしかない。
 幽体離脱の状態で、一足先にイグドラシルへとやってきていたエスターシャの教え子、ウァルハーリパル・エスタらと一緒にイグドラシル周辺の様子を探ったエスターシャだったが、何しろイグドラシルの大きさは桁外れである。少々歩いたくらいでは、全ての様子などを確かめられるはずもなかった。

「かみゅーらさんたちのすがたもみあたりませんね……」
「きっと、この樹のどこかに身を潜めながら、よからぬ事を企んでいたり、こっちのことを監視したりしているに違いないわ。こうなったら少しでも速くカミューラの居所を見つけないといけないわね」
 霞がかった光に包まれて頂上まで見通すことができないイグドラシルの雄大な姿を見上げつつ、ウァルハーリパルとエスターシャが苦い声で呟く。
「ところでリパルちゃん……あなた、そんな格好で不便じゃないの?」
 不意に、一緒に歩いていたウァルハーリパルにエスターシャが尋ねる。
 ウァルハーリパルはレイテノール魔導学院で仮死状態になってから、そのまま幽体だけで竜神界やイグドラシルを動き回っていたため、今も姿が半分透けて見えるだけでなく、その身体にはイグドラシルを取り巻く霞にも似た「霧の羽衣」という衣を辛うじてまとっているだけの状態になっているのだ。
「……からだがかるいところはべんりですけど、ものをもてなかったりするのはふべんです。あと、からだがすけてみえるのが、すこしはずかしいです」
「仕方ないわねえ。……私が瞬間移動を使って、レイテノールまで身体を取りに帰ってあげてもいいんだけど、もう一年近く経ってるし、ちゃんと無事に身体が残っているかしらねえ?」
 もじもじとしているウァルハーリパルを見つめながら、エスターシャが呟く。普通に考えは、一年近く経過した死体といえば、だれでも骨だけになってしまっている姿を想像してしまう。
「まあ、リパルちゃんが無事に動き回っているところを見ると、身体は無事なのかもしれないわね……。地面から堀り出すすのが面倒だけど、後で取りに戻ってあげるわ」
「わぁ、ありがとうございます」

***

 エスターシャとウァルハーリパルが、カミューラとの決戦に備えて身支度を整えている仲間達と合流すると、武器や防具の具合をチェックしている仲間たちの中心では、武器や防具などには縁が無いミーシャ・ホットケーキが、相変わらずの賑やかさで何かを騒ぎまわっていた。
「いつ、使徒が襲ってくるかわからないっていう状況だっていうのに、相変わらず緊張感のない娘ねえ」
 集めた食料が詰まっている大きな袋をぶちまけているミーシャを見て、エスターンャが乾く。
「みんながあのオバさんをこらしめに行く前に、おなかいっぱいご飯を食べてもらおうとおもってたにゃ」
「ミーシャ、僕も手伝うよ」
 そこに、ウァルハーリパルの同級生であるエイシス・ノースランドが加わってきて、ミーシャと一緒に荷袋をあさりはじめた。
 日頃、ミーシャたちと一緒に行動することが多いエイシスだが、今日は、一応英霊であるミーシャたちの魂を狙って、無力な子供たちを襲いかかってくるかもしれないと警戒心を抱き、さりげなくミーシャたちの憤りについてくれている。
「……でも、食材が泣きキノコばっかりだね」
「そうにゃ。でも、エスにゃんから泣きキノコの料理方法を教えてもらったから大丈夫にゃ。焼いてから少しだけ煮て、その後で油で妙めるにゃ」
「でもでも、キノコだけじゃあんまりたくさん食べられないよ?」
「うにゅにゅ……なら、少しだけ残ってたイノシシの干し肉も入れるにゃ」
 ミーシャがそういいながら、ミーシャの携帯袋に少しだけ入っていた干し肉を取り出して、それを泣きキノコの中に混ぜた。
「いいの? それ、ミーシャの最後の干し肉でしょ?」
「べつにいいにや。ここで負けちゃったら、お肉を取っておいても意味が無いにゃ」
 とりあえすミーシャも今回の戦いが重要な決戦であることを承知しているらしく、あっさりとエイシスに言ってのけていた。
「それにしても、あのカミューラつてオバさん、ミーシャはずーっと前に、一緒にいたことがあったにゃあのオバさんはミーシャに意地悪なことばかりしてたけど、世界を壊そうとするような悪人じゃなかったにゃ」
 エイシスと一緒に料理の準備をしながら、ミーシャが昔のことを思い出してそんな事を言った。
「ミーシャつて、昔はカミューラと仲が良かったの?」
「あのオバさんだけじゃなくて、エスにゃんとも仲がよかったにゃ。でも、エスにゃんはミーシャの事、憶えてないみたいにゃ」
 エイシスとミーシャの話を横で聞いて、エスターシャが首をかしける。あまりに音の話しすぎて、どうやらエスターシャは本当にミーシャの事を憶えていないようだった。
「じゃあ、私はリパルちゃんの身体を戻すために、少しだけ余所に行ってくるわ。あなたたち、私がいない間にどこかに行ったりしないでよね」
 エスターシャはそういうと、落ち着きがないミーシャたちの見張りをウァルハーリパルに任せて、そのままレイテノールに向かって瞬間移動してしまった。
「……そういえば、新しく生まれてくる世界って、食べ物とかってあるのかな? もし新しい世界に避難する事ができたとしても、食べ物がない世界だったら生きていけないよね?」
 泣きキノコの下ごしらえをしながら、エイシスがウァルハーリパルに尋ねる。
「いぐどらしるのそばにあつまつているりゅうじんぞくのいちぶのかたたちは、あたらしいせかいにあらゆるしゅぞくをいきのこらせようと、しょくぶつやどうぶつをたくさんあつめているときいたことがあります」
「そうなの? なら……大丈夫なのかな」
「どうせなら、今ここで食べる食べ物とかもわけてくれたら嬉しいにゃ。ミーシャ、ホットケーキ作って食べたいにゃ」
「猫舌の癖に、熱いものが食べたいの?」
「フーフーつて、ゆっくり食べるにゃ。バターと蜂蜜をたくさん付けて食べるのがおいしいにゃ」
 結局、ウァルハーリパルも混ざって料理にとりかかるエイシスとミーシャ。
「おお。賑やかだと思ったら、やっぱりここにいたのか」
 するとそこに、ちょうどミーシャを探していたカイン・カスケードがやってきて、ミーシャに話しかけてきた。
「ミーシャ、ちょっと聞きたい事があるんだが……昔のカミューラと面識があるって本当か?」
「本当にゃ。あまり思い仙したくない事がたくさんあるけど……楽しい思い川もたくさんあるにゃ」
 一所懸命になって、湿った薪に火をつけようとしているミーシャが、カインの問いかけにこたえる。
「それならミーシャに聞いてもらいたいことがあるんだ。料理をしながらでいいんだか……」

***

 ミーシャと並ぶ元気者の一人であるカインが、真剣に自分の思いをミーシャたちに話し始める。
「……ミーシャは、カミューラのことをどう思っているんだ? 世界を滅ぼそうとしている悪い奴だから、やっぱり倒そうと思うのか?」
「う〜……倒すっていうよりも、こらしめるにゃ。人騒がせなコトしたら、みんな大迷惑にや」
 カインの質問に、ミーシャが少し悩みながら答える。
「……そうか。ミーシャとしては、カミューラは『話せばわかってくれる女』だと信じているんだな」
 カインとしても、そう信じたいと思っている。
 だが、エスターシャの話を聞いている分では、カミューラにこちらの思いを伝えるのは簡単な事ではなさそうだ。……それも、カインは覚悟している。
「カミューラは、人類に絶望してしまっているらしい。ミーシャを含む、多くの人たちが信じているほどの人が、そんな憎しみみとらわれてしまっているんだ。その絶望は想像を絶するほどのものなんだと思う」
 カインが、その一言一言をかみ締めるように、ゆっくりとミーシャたちに話しつづける。
「だが……それでも俺は、あの一緒に酒を飲んだ時の陽気なカミューラが忘れられないんだ。カミューラだって、エルメスたちと--緒に生きていた頃ってのは、辛い思い出ばかりが残っているわけじゃないんだろ? カミューラにだって、そういう大切な思い出とか……大切に思う人がいたっておかしくないと思うんだ」
「あのオバさんが?……でも、ミーシャはエルメスつてオバさんの事は何も知らないから、あまりよくわからないにゃ」
 カインの考えに対して、全面的に賛成できるミーシャだが、ミーシャはカインの期待に応えられるほど、カミューラのことを知っているわけではない。
「そういえば、せっとくするにしても、わたしたちはかみゆーらさんのせんとうりよくにかんしては、まだなにもわかっていないんですね」
 説得したいというカインたちの思いを知って、ウァルハーリパルが呟く。
 カミューラを説得するにしても、どのような戦闘が繰り広げられるのかも想像がつかない分、どうにも作戦がたてられそうにもない。
「そうだね。あの使徒たちがたくさんいるっていうだけでも、カミューラさんの側に近づきにくそうなのに……説得っていうことになると、全力で戦うよりも危険かもしれないね」
 ウァルハーリパルの心配を察して、エイシスもカインたちにそういって、説得に関する警戒を促す。
 ここでの戦いに負けてしまえば、イグドラシルを殺されてしまうだけでなく、新たに生まれる世界までもが滅ぼされてしまうことになるのだ。
 説得できなかった場合には、最悪でもカミューラたちを戦闘不能にまで追いこむ必要があるのだ。
「ミーシャはよく憶えてないけど、レイなら何か知ってるかもしれないにゃ。料理を手伝わせるついでに、レイを呼んでくるにゃ」
 仕方なく、ミーシャがフライパンをエイシスに託して、そのまま、魔導学院にいた頃には厨房の管理に携わってくれていたレイ・レンを呼んで来た。
「ちよっとなによ?」
「カインお兄ちやんの話を聞いてほしいにゃ」
 ミーシャに連れてこられたレイが、カインの思いを耳にすると、レイは小さなため息をついた。
「……そういうことだったの。でもカミューラは、人一倍他人に弱みを見せるのを嫌っていたから、私もあまり参考になるようなことはいえそうにないわ」
「はぁ……レイも心当たり無いのか」
「でも、説得する事自体は悪い作戦だと思わないわ。カミューラがまだ正気だった頃、タオがカミューラと結んだ【魂の契約書(トンコントラクト)】のことを思い出してくれれば……。カミューラの攻撃を止めることができると思うわよ」
 レイはそういって、そのまま料理の手伝いをはじめる。
「……説得したい気持ちはわかるけど、カミューラにこっちの思いを伝える前に、カミューラの悲しみを私たちが理解してあげる必要があると思うわ。でも、カミューラは昔っから自分の事を人に話すのを嫌っていたし……一方的に、こちらの思いをぶつけようと思っても、難しいかもしれないわね」
「そうか……確かに俺は、自分で信じている信念があるけど、カミューラが世界を滅ぼしたいと執着している信念に関しては……全てを理解できていないかもしれない」
 落ち着いたレイの言葉に、カインが悔しそうに呟く。
「……でも! やっぱり世界を滅ぼそうとしているカミューラの考えは間違っているぜ! レイだって、一緒に酒を酌み交わしたときのカミューラの明るさは憶えているだろ? カミューラだって、まだ心の奥ではみんなと仲良くしたいと願っているはずなんだ!」
「それに関しては、私もカインの意見に賛成よ。カミューラのやつ、憎しみに 『操られている』って感じだものね」
 カインの熱のこもった言葉を聞いて、レイが苦笑しながら額く。
「でも、もしせっとくがつうようしたとしても、じんぞうにんげんたちがだまっていないとおもいますよ」
「そうだな……。あいつらが妨害してくるのは、まず確実だよな」
 ウァルハーリパルに言われて、カインが陰り声を上げながら悩みだす。
「……まあ、使徒と戦う事は最初から覚悟していた事だ。ただ命令されるままに戦っている使徒の連中も気の毒だとは思うが……あの、人の命を弄ぶリーヴァインだけは許せねぇぜ!」
「それも、カインの意見に賛成! あの人造人間だけは、懲らしめてあげなきゃね!!」
 リーヴァインに対する怒りで意気投合し、たちまちテンションが高まるカインとレイ。
「なら、今はとにかくたくさん食べて、その後で頑張って戦うにゃ。邪魔してくる人をどっかにやれなかったら、おばさんを説得する事なんてできないにゃ」
 そのまま、あれこれと思いをぶちまけ続けていたレイたちの間にミーシャが割り込んで、強引に食事の準備を進めさせる。
 カインも自分の想いを言葉で伝えるのは苦手な方だが、もっと苦手なミーシャとしては、喋っているよりも行動している時の方が気が楽なようである。

***

 ――その後。
 英霊たちがエイシスとミーシャが用意した泣きキノコ料理を食べ終わった頃。
 タイミングよくレイテノールに向かっていたエスターンャが、ウァルハーリパルの身体を抱えて帰ってきて、ようやく戦闘準備が整ってきた。
「はい、リパルちゃん。服はボロボロだったけど、身体の方は全然大丈夫だったみたいだから安心してね」
「ありがとうございます」
 ミーシャたちが後片付けを済ませている中、エスターシャとウァルハーリパルが身体の復活を済ませる。
 このまま幽霊のような状態を続けていれは、もし新しい世界に避難できたとしても、身体がこの世界に取り残されて死んでしまえば、ウァルハーリパルは本当に幽霊になってしまう事になる。
 エスターシャの協力を得て、もとの身体に戻ることができたウァルハーリパルは、久々の身体に戸惑っているのか、まるで酔っ払いのような千鳥足でみんなの前にやってきた。
「からだのふしぶしがいたみます……」
「筋肉が弱っちゃってるのよ。ケガ人がリハビリするみたいに、徐々に身体を慣らしていかなきゃいけないんだろうけど……かわいそうだけど、そんな余裕はないわよ?」
 エスターシャのその一言に、ウァルハーリパルは少し苦い表情を浮かべつつ、「かくごしています」と領いていた。
「……でも、リパルにゃんもこのでっかい樹に登るの? そんな歩き方じゃ、樹から落ちるかもしれないにゃ」
 真剣な表情のまま、フラフラと歩くウァルハーリパルを見て、気の毒に思いながらも笑いを隠せずにいたミーシャが、心配そうにエスターンャに尋ねる。
「う-ん……確かに大変ねえ」
 最上部まで見通す事ができないほどの巨大なイグドラシルを見上げつつ、エスターシャが悩みだす。
「そうだ、あの娘に頼もう!」
 ……エスターシャはそういって、ひとまずウァルハーリパルをイシュルーナ・エステルハージのもとへと連れていった。
 イシュルーナは日頃、相棒であるペガサスのイナンナに乗って使徒たちに立ち向かっている、明朗快活な女性である。
「……というわけで、イナンナの後ろにリパルちゃんを乗せてもらえないかしら?」
「べつにいいわよ。わたしも魔法で援護してもらえると助かるしね!」
 魔導学院の生徒であるウァルハーリパルとの相乗りは、槍での戦いを得意とするイシュルーナにとって、魔法による間接的な援護が期待できるだけに、決して足手まといという事にはならないという信用がある。
「でも、正直な気持ちを言わせてもらえれば……わたし、カミューラを倒したいとは思えないのよね」
 イナンナの綺麗な首をなでつつ、イシュルーナが少しだけトーンが落ちた声で呟く。
「倒したいんじゃなくて、救ってあげたいのよ。カミューラは、昔の事を思い出せば思い出すほど苦しんでいたわ。エスターシャに聞いた話だと、カミューラは昔にエルメスが率いていたレグルタ人たちが死んでしまったのをきっかけに、暴走しちゃつたらしいけど、今のカミューラがやっている事は、自分が恨んでいる人と変わらないわ」
 エルメスを殺されて悲しむカミューラが、今はミーシャたちの側にいるティリス・ヴィンセントの父親であるクロムの命を奪ったのである。同じようにティリスも悲しみに暮れ、カミューラを恨んでいるのかもしれないが……。
「今のカミューラがやっていることは、その憎い相手と同じ事じゃない。憎いからって、悲しいからって……そんな事を操り返していたら、悲しみや憎しみが増すばかりで、何の解決にもなっていないわ!」
「イシュルーナは純真な娘だから、そうやって憤慨するのも無理ないかもね」
 自分の思いをエスターシャたちに話しつづけるうちに、次第に興奮気味になってきたイシュルーナに、エスターシャがなためるような声で言った。
「でも、私にはカミューラの気持ちがわからないわけでもないのよ……。長い間生きていると、楽しい事だけじゃなくて辛いこともたくさん抱える事になっちゃうからね」
 エスターシャはイシュルーナにそういうと、小さなため息をついてしばらくの間黙り込んでしまった。
 ……永遠ともいえる永い時の流れに住むエスターシャ。日頃は辛さなどを微塵も表に出さない彼女だが.エスターシャにも悩みや苦しみがある。
 生徒、友人、仲間として親しむ大切に思う人との別れが、イヤでも訪れてしまうのだ。
 果てしない時の流れの中で、数え切れないほどの転生を果たした六魔導士たち……。カミューラは、その時の流れの中で『悲しみ』に負けてしまったのだ。
「でも、本当に説得なんてできるかな……? カミューラさんが、ティリスちゃんの悲しみを少しでも理解してくれるなら……自分がしている行為の矛盾を理解してくれるんじゃないがな?」
 イシュルーナがエスターシャやウァルハーリパルにそう言うと、黙っているエスターシャに代わってウァルハーリパルが口を開いた。
「りぱるは、むかしからまどうがくいんで『れぐるた』のことをべんきょうしていたのですが……」
 ひらがな娘の言葉では少し聞き取りづらいのだが、ウァルハーリパルは『対立で成り立つ世界の構造』について話し始めた。
 世界のあらゆる生き物は、弱肉強食という言葉で形容されるように「争いながら均衡を保つ」ことで成り立っている。
 だが、カミューラを悲劇へと追いこんだ、レグルタ人と共和国軍の戦い、「古代王国の叛乱」以後、世界には「対立の構造」は失われた、とウァルハーリパルは言う。
 もっと話を進めてしまえば、活力を失ったイグドラシルに力を注ぐために、竜神族が魔界と人間界をつなぐ門を開き、今回のような争いが広がったらしいのだが……
「ちょっとゴメン。……リバルちやん、悪いんだけど、わたし、難しい話って昔手だから、もう少し簡単に話してもらえるかな?」
 専門的な話をはじめたウァルハーリパルの言葉にインュルーナが割って入り、手短に済ませようとする。
「あらそいがつづけば、それだけかなしみもおおくうみだされるのかもしれません。かみゆーらさんはせかいをほろぼすことで、そういうすべてに『しゅうしふ』をうとうとしているのかもしれないんです」
 ……これは、ウァルハーリパルの意見ではなく、エスターシャが話してくれた事である。
 実際、全てに終止符が打たれる破滅が訪れる直前……ほんの瞬きほどの間だろうと、竜神族や魔族が争う理由をなくして全てが和解できる瞬間が訪れるかもしれない。
 ほんの一瞬でも、そのような時が訪れるのならば、ウァルハーリパルは、ぜひその瞬間に自分も居合わせたいと願っている。
「みんなの未来が失われる直前でないと、みんなが仲良くできないかもしれないって事?」
「みらい……というよりも、『あらそうりゆう』がなくなればよいのです」
「争う理由……。それじゃ、世界を滅ぼそうとしているカミューラにとって、わたしたちの存在自体が『争う理由』つて事?」
 カミューラにとって、生きることの再びや楽しみよりも、もはや悲しみや憎しみが上回ってしまったという事なのだろうか。
「……あなたたちもカミューラと話してみればわかるんだろうけど、暴走しちゃった時のカミューラは、なにか違う人格に身体を乗っ取られているんじゃないかつて思うぐらいに別人よ」
 そこで、今まで黙ってしまっていたエスターンャが不意に話し始める。
「魔導学院でタバコをふかしていた頃のカミューラは、本当に昔のカミューラって感じだったけど、憎しみにとらわれた時のカミューラは……愛嬌なんて微塵もないわよ。まるで岩にでも話しかけているみたいに、こっちの言葉にはピクリとも反応すらしてくれなかったしね。説得したいっていうイシュルーナの気持ちはわかるけど、気をつけていかないと想いを届ける前に返り討ちにあいかねないから、注意しなさいよ?」
 ……想いをぶつけたいと願っていたイシュルーナにとって、エスターンャの忠告はあまりにも辛かった。
 世界を滅ぼすために動いているカミューラ。
「やっぱり、説得が通用しなかった時には……他の人たちを助けるためにも、カミューラを倒さなきやいけないのかしら?」
 辛い選択を迫られて、悩むイシュルーナ。
 その決断を下さなければならない時は、すでに目の前まで迫っているのである。

(中略)

Scene.7 「絆」より一部抜粋

 ――最後の最後で正気を取り戻し、みんなに別れと礼をしてこの世を去ったカミューラ。カミューラの亡骸は、アルベラと共にクレイたちに運ばれ、イグドラシルの根元に横たわらされた。

 激しい戦いの末、ほとんどの英霊たちがボロボロに傷つき、倒れている。
 無事だったのは、下に残っていたミレニアムたちくらいだろう。中には動けない者も多く、治療魔法と同時に、彼らの新世界への避難準備が進められた。
「イグドラシルの上に、新たな世界に旅立つための箱船が来ているんだ。今からそれに乗れば、きっと避難できるはずだよ」
 全ての段取りを済ませてくれていたミレニアムが、怪我人を運ぶ準備を進めながらエスターシャに報告する。エスターシャはショウやザヴィスンたちが庇ってくれたおかげで軽傷ですんでいたが、体を不死身にさせてエスターシャを庇っていたザヴィズンのタメージは大きく、身体の所々が炭状態になり、満足に歩く事もできなくなっていた。
「まだ大事な仕事が残っている情況で、護衛ができなくなるとは……!」
 ザヴィズンは脇立いテに暴れていたが、この梢況では何の役にも立てない上に、へたをすれば足を引っ張る事になる。火傷が酷いミーシャたちと一緒に、避難場所へと移されてしまったのだった。
 さらに、カミューラとの戦いの際にはエスターシャたちを援乾してくれたシンブリーズも、他の闇英雄たちとともに、ダメージが抜けきらないうちに新世界への避難場所へと運ばれてしまっている。
「……さて、暴走していたカミューラが死んじゃったのはやっぱり悲しいけど、カミューラが喜んでくれたおかげで少したけ救われたわ。あと、残っているのは……この世界と新世界の関係を断つ作業だけね」
 エスターシャがそういって、地上に残っていた仲間たちを見回す。
 決死の覚悟で、この仕事に名乗りをあげてくれたのは、その大半が頼もしい復活英雄の面々だった。
 星槍使いのライナス・ウィンリーフ
 殺戮者のカノン・ハイリヒ
 ミーシャたちとも仲の良かった、赤い胴着でおなじみの柔使いユキハ・ズイホウ。さらにはレイテノールでは子供たちと一緒に鳥と接していたウァレンティーネ・ルントシュテット
 他にも、復活英雄ではないが、闇英雄のメビウス・ディスティニーや、さらにはレナティル・ラートリアたちの姿もあった。
「こんなに残ってくれたの? この仕事が、無事に新世界に行ける保証がないって事くらい、あなたたちだって理解してるんでしょ!?」
 予想以上の多さに、エスターシャが驚きの声を上げる。
「大丈夫よ。私は、死ぬつもりなんてないから……。絶対に生き残って、新世界へ行ってみせるんだから!!」
 エスターシャの心配を振り切るように、レナティルがそういって微笑む。
「使徒も死んで、カミューラはんも死んでもうた後なら……邪魔者なしに【絆】を斬る事ができるわけやろ?」
 比較的、仕事の難易度が下がった事を安心したのか、心配しているエスターシャにメビウスが言った。確かに、メビウスの言う通りである。
「ユキハとヴァレンティーネも……この総数の半分近くも、女の子が志願してくるとは思わなかったわ。別に女性を差別するわけじゃないけど……せっかく新世界で新しい生活ができるかもしれないっていうのに、あなたたち恐くないの?」
「カミューラさんの脅威が去ったとはいえ、まだまだ油断することはできないわ。最後の最後まで、真摯に立ち向かっていく体制で、ぶつかっていきます」
 新しい世界に旅立つ仲間たち全てを守るために、ヴァレンティーネは決意を固めてこの場に残ってくれたのだ。
「私も、不安じゃないといえば暁になっちゃいますけど……子供たちが安心して新しい世界にいけるように、ここで頑張っておきたいんです。みんなを守ってあげられるのなら……それで本望です」
「……うん。俺もユキハと同じ意見だ」
 ユキハの言葉を耳にして、カノンもそういって頷く。
「男は、俺とライナスだけか?」
「そのようですね。……もし、新世界との絆を切るために、私たちが犠牲にならなければならないというのであれば、私一人だけで成し遂げてしまいたいのですが……」
「まあ、大勢いたほうが確実に事を成せるわよね」
 そういって笑うエスターンャに気付き、ライナスが荒ててエスターシャに尋ねる。
「ちょっと待ってください! エスターシャさんは、みんなと一緒に新世界に行かないんですか!?」
「行かないわよ。だって、私が行っちゃうたら、どうやって群絆を断つっていうのよ?」
 あっけらかんと言い放つエスターシャ。
「大丈夫よぉ! 私だって素直に死ぬつもりでここに残るつもりじゃないんだから。みんな一緒に、新しい世界で再会できるように頑張りましょ!」
 常にプラス思考のエスターシャが、そういって笑いだす。

***

 そして、新たな世界が異次元で誕生した瞬間。
 箱船が盛大にイグドラシルの元を離れ、エスターシャたちは唯一、その場に取り残された存在となった。
「行っちゃいましたね」
「……で、これからどうすればいいんですか? このイグドラシルを切り倒すとか?」
 空を見上げていたヴァレンティーネとライナスが、エスターシャに尋ねる。
「まさか。ほら、あの流れ星みたいな光の筋が見える? きっとあれが、この世界と新世界をつなぐ【粋】に間違いないわ!」
 空を見上げ続けている仲間たちに、エスターシャが指し示す。
 空に、流れ星というよりも彗星に似た光の筋が浮いているのが見える。
「あれを、斬るわけか……」
「でもあれ、どうやって斬るの?」
「強引にブッチぎるのよ! 変に理屈をこねるよりも、そっちの方が簡単でしょ?」
 心配そうに空を見上げていたみんなに、エスターシャが笑いながら言った。
「そんな簡単な方法でいいのか?」
「なら、エスターシャさんが無理に残る必要はなかったじゃないですか……」
「残る必要はあるわよ。あれがどれだけ硬いかわかったものじゃないんだし、幸い、私は人一倍の力持ちだからね」
 エスターシャがそういって、イグドラシルの上を目指そうとした時、予想外の人影が一同に混じっているのに気付いて、思わず悲鳴を上げた。
「リ、リパルちゃん!? なんで貴方が残っているのよ!?」
 新世界に避難させたはずの、教え子のウァルハーリパルである。
「すべてがびょうどうになったせかいを……みておきたかったんです」
「はあぁ……相変わらずマイベースな娘ね。ま、いいわ。ここまできたら抗えないもの。一緒に行きましょ」
 エスターシャが諦めて上を目指そうとした時、さらに意外な人物がやってきた。みんなが避難する道を確保するために動いていたミレニアムである。
「ミレニアム!?あなたまで……女としての幸が薄かった貴方には、新世界で素敵な旦那さんを見つけて欲しいと思っていたのに……」
「幸薄くて悪かったね……! まあ、動機はリパルちゃんと似たようなものだな。終末の世界の傍観者になりたくて……ね」
「ハァ……私の教え子って、こんな子ばかりだったの? 教育方法が間違えていたかしら?」
 辛そうに、エスターシャがため息を吐く。

 目指すは、世界の粋を切る事。
 既に、地面は地鳴りを上げて、時々大きな地震を起こしている。
 世界の破滅が、砂読み段階にあるのだ。
「残念だけど……みんなが待っている新しい世界に行くためには、肉体を捨てていく必要があるわ。あの粋を切ると同時に、多分この世界は消滅する……。その瞬間、あの光の筋を追って空を飛び続けるの。魂だけになれば空も飛べるし、みんなが乗っていた箱船にも追いつけるはずよ」
「ちょっと待ってよ? 次元魔法を使えば、肉体も一緒に追いかけられるでしょ?」
 エスターシャの言葉を聞いて、レナティルがエスターシャに尋ね返す。
「……まず無理でしょうね。一言で「次元」といったって、この世界は複雑なのよ? 新しい世界がどの次元に生まれるかも分からないし、次元の裂け目から落ちちゃったら肉体は滅びちやうし、私は瞬間移動で魔界とかに行けた事なんてないから、瞬間移動も役に立たないし……。
 リパルちゃんが竜神界に行った時みたいに、魂だけで移動するくらいしか望みはないわよ。この世界が滅びたら、私たちはイグドラシルからも解放されるしね」
 レナティルの疑問に答えるために、エスターンャが残念そうに説明する。
「向こうで幽霊として過ごすか、もしかしたら新しい命としてやり直す事ができるか……つまり、もうこの時点で、今の自分とはお別れって事ね」
 エスターンャの言葉を聞いて、レナティルはかなり悔しがっていたが、最後まで希望を捨てずに次元魔法を試みようと張り切つている。

***

(……で、誰にもいえないけど……私とは多分永遠にお別れ……ね)
 絆を切るために上に向かって移動する間、エスターシャは心の中でそんなことを呟いていた。
 ――エスターシャは、この滅ぶ世界に残るつもりでいる。
 新世界に行こうとしても、元々死んでも転生するエスターシャの魂は、この世界に縛られてしまう可能性が高いのである。
(長かった役目を終えて、私もようやく……お休みの日が来るみたいね)
 横を歩くウァルハーリパルの横顔を見詰めつつ、また、前を歩くライナスやカノンたちの後ろ姿を見守りつつ、エスターシャは歩き続ける。

***

 そして、いよいよ紳を断ちきる時が来た。
 この絆は、この世界と新たな世界を結ぶ絆というだけではなく……エスターシャにとって、多くの仲間たちとの絆でもある。
「これを切ったら、私たちはしんじゃうんですね……」
 目の前に伸びる光の筋を見つめつつ、ユキハが呟く。
「そうね……。でも私は、しんみりとした別れって苦手なのよ。みんなが無事に未来を勝ち取る事ができた事を素直に喜んで、気持ち良くお別れにしましょ!!」
 光の筋に向かって、それぞれが同時に奥義を操り出す算段になっている。
 既に、今いる世界も滅びが近く、おそらく数時間ももたないだろう。
「じゃあ、みんな行くわよ? 今まで本当に頑張ったわね……。みんな、ありがとう。本当にお疲れさま!! はい、1〜、2〜の、3っ!!」
 エスターシャの掛け声と共に、その場にいた全員が力を振り絞って光の筋を断ち切る。光状に見える【絆】は、まるで太いロープを断ち切ったように「ぶつり」と鈍い音を立てて断ち切れたのだった。
(みんな、サヨナラ……)

***

 イグドラシルでの死闘を潜り抜けた英霊たちがたどり着いた新世界は、空に太陽と月だけが浮かふ地平線のど真ん中だった。
 前方には大きな湖があり、多くの仲間たちがこの湖のほとりに居を構え、新世界での生活の第一歩を歩き出した。
 絆が残した光の道筋を通り、幽体となったカノンやレナティルやウァルハーリパルたちは、オバケとしてなんとか仲間との再会を果たしたものの、それから1ケ月以上の時を待ち続けても、エスターシャ・リングはみんなの前に姿を現さなかったのだった……

【NPC一覧】

【RA一覧】

【PC一覧】

●プレイヤー注釈

 長いリアクションの冒頭(Scene.1)と末尾(Scene.7)に登場しています。
 いつもPC描写量の充実している川合勇次郎マスターのリアクションですが、今月のウァルハーリパルの登場シーンの分量は、特に多くてびっくり。テキストのファイルサイズで比較したところ、ディグランツ9回の時よりも多いです。

 アクション内容は、カル神#1のCDブランチ(緋村マスター担当)で触れられていた『対立で成り立つ世界の構造』に関する話題と、今作で触れられている「活力を失ったイグドラシルに力を注ぐために、竜神族が魔界と人間界をつなぐ門を開いた」という真相を繋ぐ、マニアネタの披露アクション。
 何度か和解のチャンスがありながら、レグルタ人が数千年の間に渡って、宗教上の理由でリュクセール人(を始めとする共和国人)と対立し続け、解決を見ることがなかったのは、ひょっとすると世界の管理者である神竜たち竜神族が、対立の構造を世界の維持に利用するために仕組んだ陰謀ではないか、という内容。
 棺桶に埋めてある肉体を取りに行くくだりは、マスターの振ってくれたネタ。確かにそのままにしておいては、「絆」を切るときに役に立ちませんし(笑)。


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